遅咲き桜

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zoom RSS 緋寒桜の咲くころに

<<   作成日時 : 2011/03/08 16:41   >>

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 八時過ぎにアパートに戻ると、珍しくブライアンがリビングでくつろいでいた。
 タカシの顔を見た彼は一瞬バツ悪そうに一見してビールを口にした。
 タカシもあえて原因の追及は避け、キッチンに向かうと買ってきた食材をカウンターに広げた。
 「焼きそば作るけどブライアンも食べる・・?」 何も無かったかのようにブライアンに問いかけた。
 「今日は食べてきたから、いいや・・・。今まで食事抜きか?」 リビングからいつものように答えた。
 「自分で作った方が安上がりだし、今日はどうしても焼きそばって感じだったんだ」
 キッチンとリビングの壁越しの会話になったが、顔を見ないで話たほうが、お互い素直になれるように思えた。
 ズルズルと麺を啜りながら食べるタカシは、熱い視線に気づき顔を挙げると、ブライアンが怪訝な目つきでタカシを見詰めていた。
 「なっ、何だよ・・」 口から麺が数本はみ出たまま、呆れた様子のブライアンに尋ねた。
 「・・・いやっ、別に・・」
 「アメリカ人は、食べる時に音たてるのが信じられないんだろ・・」
 「・・まぁ、確かに」
 「行儀悪いわけじゃなくて、麺類はこうして食べるのが日本の食文化だから、アメリカに来ても変えられないな」
 「別に避難してるわけじゃない・・」 苦笑いしたブライアンが更にビールを呷った。
 
 食事を終えたタカシもビール片手にソファーに腰掛けた。
 「今日はセンターにすごくデカいホームレスが来たんだけど、俺の二倍はあるようなオヤジで、三人分ペロリと平らげて帰っていったんだ・・」 薄笑み浮かべてブライアンの顔を見ると彼も義理でニコリと微笑みビールをテーブルの上に置いた。
 「・・・すまなかった・・」 額を掻きながら上目遣いでタカシの様子を伺っていた。
 「えっ・・」
 「昼間さっ、どうにもセーブ出来なくて・・」
 「あっ、あれか・・でもボンヤリしてた俺が悪いんだし・・でもブライアンでも怒ることあるんだなぁ〜って、人間だったんだって逆に安心した」
 「なんだよそれ。俺はれっきとした人間だぞ」
 「そうだけど・・以前ブライアン俺に言ってくれたことあったじゃん。みんな見栄やプライドを掲げて生きてるって・・そんな中で自分の本心のままに生きる事って大切だって。今日のブライアンは自分に正直に成れたんだと思う。これからも我慢しないでもっと喜怒哀楽を表現すべきだよ・・一般的アメリカ人らしく・・」
 「フフフッ、一般的か・・君も成長したな」
 「また俺、変な単語使ってますか?」
 「いやっ、会ったばかりのころのタカシは、危なっかしいから何するのも心配だったが・・今じゃ立場が逆転した気がする・・」
 「そんな・・・」
 「学校にバイトにセンターでのボランティアやって、どんどん大人になって・・もう俺は必要ないかもな」 寂しげにブライアンがボソリと呟いた。
 ブライアンが仕事中に機嫌が悪くなった理由はあえて聞くことを避けた。それは、彼が解決すれば済む問題だし、こうしていわゆる、普通の会話が出来ることが嬉しかった。
 だが、タカシもその原因はエディの事が関係しているような気はしていた。事情はどうであれ、エディの行動は身勝手だと思うし、もし戻ってきたらアパートの鍵を返してくれとはとても言えたものではない。
 こうして、今タカシがここで生活出来ているのもブライアンの影響は大きいからだ。
 大きく開け放した窓から、ひんやりした風が吹き、カーテンがフワリと靡(なび)き、テーブルの上の雑誌のページが捲りあがった。
 「もし、エディが戻ってきたら言ってくれよな」
 「えっ、」
 「約束だし、その妥協案でタカシも俺のスタジオでバイトもしてくれた。エディが戻ってきたら俺がここを出ていくのは当然だろ」
 「・・でも、まだ帰ってくるって決まったわけでもないし・・」 苦し紛れの答えだった。
 ブライアンを気遣う気持ちなど少しも含まれていないように思えた。最大級の優しさと抱擁力で何とか自分の気持ちを押し殺し、ここまで来てくれたブライアンに対して失礼極まりない返答になってしまっていた。
 ‘なんて奴’そう自分に言い聞かせ、下唇を噛んだ。
 耳が痛いほどの沈黙があり、視線の置き場に困るほど、持っていたビール瓶をどうしていいか判らなくなるほどの沈黙がそこにあった。
 そんな中でブライアンはゆっくり立ち上がると、ズボンのポケットから部屋の鍵を出し、そっとテーブルの上に置き出口へ向かって歩き始めた。
 これで、ここまで築き上げてきた友情や信頼関係に終止符を打つかのような雰囲気になっていた。
 どうして良いかタカシは戸惑っていた。鍵を再びブライアンに押し返すべきなのか、このまま黙って受け取るべきなのか・・部屋の鍵が人と人との絆を結ぶ鍵になっていたなんて今まで感じたことがなかった。
 以前、好美にアパートの鍵を返された時、彼女は‘あなたの部屋の鍵持っていても仕方ないから’と素っ気なく言われたことがあった。
 しかしその当時、もうアメリカ行を決心していたタカシの気持ちは、好美から随分離れたところにあったので、それほど深い痛手として受け止めていなかった。だが、今回は違う。恋愛関係が係わっていないとしても失望感は大きかった。
 「ブライアン・・・」 思わず叫んでいた。
 置かれた鍵を握りしめ彼を見詰めると、その目は優しく、しかし悲しく微笑んでいた。
 「これって、そういう意味じゃないだろ・・」 
 「いつでも言ってくれ、必要な時は飛んでくるから・・」 そう言い残すとドアを閉め足音だけを残して去って行った。
 「カッコ付け過ぎだぜ・・こんなのってあるかよ・・」 部屋に残されたタカシは茫然と立ち尽くし痛いほど拳を握り絞めていた。
 つづく・・・

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